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みくにコラム7月号「実践内容の理論化」

 周知の通り、大学とはある分野のことを継続的に研究し、定理や新しい実践法を見出していく所です。ですので大学が考える幼児教育実践法の背景には緻密な意図・理論が存在します。心身の発達や脳の特性を鑑み、「子供達の健やかな成長を促すには何が出来るか」を多角的視点から研究しているのです。そういう意味では一見クールな学術的記述も底に子供達への愛情があると言えるでしょう。
 先日ある大学の教授とお話しした際もやはりテーマになったのが教諭の子供への関わりやカリキュラムに関することでした。
「教諭はその日その日の思い付きではなく、方針に基づいた継続的取り組みをしていかなくてはならず、それはカリキュラムによって整理され段取り良く進められるものでなくてはならない」
という点で私もその教授と一致した考えであったことを覚えています。
 どの分野問わず、時間軸をいい加減にせず継続的に取り組み、日々三省しつつ深めていく。そして実践内容を記録し後世へと繋がる学問レベルへと落とし込んでいくことは必要だと思います。「何の為にやっているのか?」個々人が考えることは確かに重要ですが、意識レベルに留め置くだけではやはり不充分だと思います。相手(私達の場合は幼児)の立場で考え、適時な環境設定をし、目に見える形で伸ばせたとしても、その背後に緻密な論理・しっかり練り込まれた繊細な意図的配慮が無ければ、所詮水物です。リーダーやスタッフが変わることにより、共通意識(どういう心の居住まいを以て子供達に関わるか、何のためにどういう視座を以て取り組むか)を持たない教員集団(チーム)は共通言語を失ったバベルの塔の工人よろしく、やがて空中分解してしまうものです。
 それから論理的整合性を重んじる姿勢は仕事への責任、態度と比例しているようにも思えます。それは逆の立場で考えるととても分かりやすいのではないでしょうか。先生が、その場その場の思い付きで保育するのと愛情がクールに型化された理論に基づきつつも個別に考えてくれる保育、どちらの保育を自分が子供だったら受けたいでしょうか。おそらくほとんどの人が後者を選ぶと思います。
 それゆえ実践過程や結果を記録し学問レベルへ落とし込むことは、自園がブレなく継続的に取り組んでいく為はもちろん、互いに学び合う園や良い意味でのライバル園を持つ上で非常に重要なことだと思います。さもないと今は目に見える効果に繋げることが出来ていたとしてもやがては雲散霧消してしまうことでしょう。
 しかし一方で落とし穴があることも事実です。論理的整合性を追い求めるあまり、実体すなわち子供達の心の風景や感覚を画一的に見てしまうということです。なまじ知識がある為に別の側面に目が向かないといった状態です。論理は共通意識やスキルを継承するための箱であり、背景としては重要でも万能ではありません。常に現場の実態と照らし合わせ、時には柔軟に部分変更しながら改良されるものでなくてはなりません。料理の世界においては食材を取り巻く環境の変化、人々の嗜好の変化によりレシピは改良され、より人々を喜ばせるにはどういう在り方がいいのかが研究されてきました。幼稚園だけは従来のままでいいということはありません。幼稚園も子供の環境の変化に合わせ、実践方法を工夫し、必要に応じて論理の方も組み直す必要があると思います。
 学問レベルに落とし込むことを考えると気が遠くなりそうですが、今後避けて通れない道なのできちんと向き合っていきたいと思っています。

御調みくに幼稚園

代表:玉崎 勝乗

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