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みくにコラム7月号「逆さ?」

 先日久しぶりに丸山真男氏の『現代政治の思想と行動』という本を読み返してみた。その本の中で、チャップリンの映画を引用しているくだりがある。逆さになった飛行機のパイロットが頭の方へ垂れ下がってくる懐中時計を何度も面白おかしくしまおうとする。この場面が興味深いことには、パイロットは自分が逆さになっているとは思っていないのである。逆さを普通と思っているパイロットのコミカルな動きを見て観客は笑いを誘われる迄は良いが丸山氏の洞察はそれだけに止まらない。丸山氏は、「逆さになったパイロットは“私達現代人そのもの”ではないか」とゾッとするような指摘をしている。
「何が逆さで何が正しい位置なのか」それを正確に見抜く人はいつの世でも少ないであろう。人は他者との関わりの中で自分の立ち位置を把握している。例え逆転した世界にいたとしてもそこでの多数派が自分と同様逆転していたらやはり“逆さ”になっていることに気付くことは難しい。崖に向かって走るネズミの集団から一人抜け出すことはなかなか容易なことではない。
 斯く言う私も報道がさんざん罪人扱いをしている中、冤罪を被せられた無実の人を「無実だ」と見抜ける自信はない。マスコミがプラスイメージで報道している中、おかしな方向に走る政党の異常さに気付けると断言する勇気はない。かつてダニエルJブーアスティンは『幻影の時代』という本の中でマスコミが捏造する現実について触れているが、次の拠り所を用意することをせず旧来の価値観を悉く破壊してきた私達にとってそれは大変示唆に富む内容に思えた。エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』と併せ読むと日本が陥っている状況がより鮮明になってくる。
「個」を以て生きる、行動するというのは案外大変なのである。それには並はずれたバランス感覚と強靱な意志・行動力が必要とされる。逆さな状態に柔順に従う方が楽であるからだ。映画『マトリックス』の中では、そこに住む人間がコンピューターの作り出したバーチャル世界を現実だと思いこんでいる姿が描かれていた。そこでもう一つの「現実」を知ってしまったネロやトリニティ達は激しく辛い戦いに挑んでいく。
 逆さである世界に気付き、それに抗うとなると『マトリックス』の登場人物のような派手さはないにせよやはり辛い戦いを挑むこととなる。「多数派=正義」とされるのはいつの世でも同じであるからだ。
 しかし意識の片隅で自分を欺いていることを感じながら生きることの方が私には耐えられない。そうならないためにも“旧来の価値観”を見直し、自分の心の声に耳を澄まし、この夏を過ごそうと思う。

御調みくに幼稚園
玉崎 勝乗