【9月 園長コラム】 「脳科学から見た適時教育の実効性」
昨今、脳科学の研究により幼児期の脳がどのように変容しているかが解明されてきました。
この度は脳低温療法の開発者で脳神経外科医の林成之先生が提唱する「育脳の10ヶ条」をご紹介しながら、園での活動がどれほど脳科学の見地から見て有効なのかを検証したいと思います。
(1)興味を持たせ、好きにさせる
脳は情報を受け取るとA10神経群で「好き」「嫌い」のレッテルを貼るため、楽しい雰囲気作りに気を払いながら、子供達が興味を持てるように誘導することが大切です。活動に対して「面白い」「楽しい」といったプラスイメージのレッテルが貼られないと、理解・思考・記憶といった脳の機能が充分に働かなくなります。それには指導者の影響が大きく、大好きな先生が笑顔で語ってくれる場合、抵抗なく受け容れることが出来ます。
お父さんやお母さんもそういう経験はおありかもしれませんね。〈美人・かっこいい先生と話をするために質問を考え、職員室に通ううちにその教科のないようそのものも好きになった〉〈先生の褒めの一言でやる気になり、いつの間にかその教科は毎日欠かさず勉強していた〉といった経験が…(笑)。もちろん、その逆もありますが(苦笑)
(2)否定語は絶対に使わない
「無理」「出来ない」と考えてしまうと、脳がマイナスのレッテルを貼ってしまい、思考力や記憶力がダウンします。いつも否定的に物事を捉えていると、本来は出来ることでも失敗したり必要以上に時間がかかったりします。
否定的な思考は真面目な子供ほど陥りやすい傾向があります。真剣に取り組むがゆえ、「出来なかったらどうしよう」という思いが立ち、自らブレーキをかけてしまうのです。
子供が難しいことに取り組む際には、出来ていることと今まだ出来ないことを整理してあげるのがポイントです。子供は(大人もそうですが)ただ「頑張れ!!」と言われてもどうやって行動すれば良いのか分かりません。課題や目標を明確にし、具体的な方法を示し、更に継続しやすい仕掛け(ポイントカードやスモールゴール到達の可視化)を講じ、子供が集中しやすい状態を作ることが出来ればダイナミックセンターコアが刺激され、脳の力が増します。根性論で引っ張ろうとするのは対象の年代問わず、現代的ではないと言えるでしょう。
(3)繰り返し練習し、復習する
脳には新しい情報には瞬時に反応するという特性があります。そのためどうでもいい記憶や中途半端な記憶は新しい情報に書き換えられ、消されていきます。記憶の定着のためには情報を取り込む時点でA10神経群がプラスのレッテルを貼るようにすることと併せて「繰り返し復習する」ことが大切と言われています。
才能を伸ばすためには、集中の中で繰り返し行なうことが不可欠です。効率の良い特効薬的な方法を私は知りません。幼児期に多くの挑戦をし成功体験を重ねた子供達は、繰り返し試行することが「やった!!出来た!!」という達成感に繋がることを学習しています。その経験は簡単にあきらめない姿勢に繋がっていきます。
(4)素直な性格に育む
ここで言う「素直」とは「大人の言うことをそのまま聞く大人にとって都合のいい子」という意味ではありません。人間は何かを判断する時、損得で判断してしまいがちですが、「素直さ」とは損得抜きで全力で頑張ろうとする姿勢です。
何かに取り組む時損得をつけさせる癖を付けてしまうと「得をするから頑張る」「損だから頑張らない」というように力の入れ具合を調整してしまいます。そういう人はたとえ出来ても大した結果を生み出せず、俗に言う「器用貧乏」になりがちです。
幼稚園では子供に対して否定語を使わないよう気を付けているのと同時に、条件付きの言い方、たとえば「これが読めるようになったらお母さんに褒められるよ」「片付けを早くしたら外で沢山遊べるよ」といった損得勘定を促す言い方も控えるよう気を付けています。
また「ハイ!!」と歯切れの良い返事を求めるのもこうした素直さを引き出すための工夫なのです。
(5)「だいたい分かった」という中途半端な姿勢は持たせない
以前「修行が大変なのは言うまでもないが、一番気を付けないといけないのは終わりが見えたその時である。油断するとあと一歩の所で心が折れる」というのを読んだことがあります。「画竜点睛」という四字成語もありますが、終盤に差し掛かった時に質の高いパフォーマンスを発揮出来る人でないと何かを成し遂げるということは難しいと思います。
中途半端な状態なのか、身体感覚にまでなっているかは子供達のレスポンス(応答性)や動きを見れば分かります。私達は子供を褒めながら、身体感覚に落とし込むまで繰り返し繰り返し実践を行います。身体感覚に落とし込めている子は中途半端な理解に違和感を感じることが出来るので、安易な所で妥協することは不自然に感じるのです。
適当な面があることは必ずしも悪いことではありませんが、好きなことに対しては妥協しない姿勢を貫いてほしいと思います。
(6)人の話をワクワクして聞く
A10神経群には感情を司る「尾状核」があり、感情が揺り動かされると判断力や理解力が高まります。その為子供と接する時は「何か面白いことが起きるかもしれない」「次はどうなるんだろう」と期待させることが必要です。
それには活動が子供参加型であることが望ましいです。一方的に教える形ばかりだと脳への刺激は少なく、A10神経群が「つまらないもの」というマイナスのレッテルを貼ってしまいます。一度そうなると活動へのモチベーションは上がらず、やらされ感を子供達は抱きます。
ですので幼稚園では、同い年の子供の見本を皆に見せ、「どうしたら○○君のように出来るだろう」と子供達に考えさせるようにします。そして少しでも真似ぶことが出来たらすぐに褒める。【適度な不親切】こそが大切なのです。
(7)目標に向かって一気に駆け上がる
自己報酬群をしっかり働かせるためには、物事に取り組む際に決断や実行を速くし、一気に駆け上がることが必要です。一気にやらないと、途中で「本当にこれでいいのかな」「失敗するかも…」というようなマイナス思考が入り込んでしまいます。
一般的にコツコツと取り組むことは良いこととされ、それ自体は大切なことでもありますが、育脳の段階では目標を持ったら一気に駆け上がらせた方が良いです。課題を一気に済ませる等の全力投球の姿勢は、脳のパフォーマンスを高めることにも繋がります。
ですのでMS(ミュージックステップ)に取り組む際もテンポ良く進めていきます。遅く進めたから出来るというものではありません。かえって子供はだれてしまいます。理想は出来ることをテンポ良く繰り返し、時々少しだけ難しい課題に挑戦するのが一番良いのです。これは小学校以降の学びにも共通します。
(8)自分のミスを認める
自分のミスを認めるのは大人でも難しいです。なぜならそれは脳の自己保存本能の過剰な働きによるもので、精神的な部分でのバランスを図り、過度なストレスに晒されないための防衛本能だからです。
しかしそれらを認めることが出来るようになれば、物事を素直に吸収する準備が出来たことになります。
かといってむやみやたらに子供のミスを指摘することは自信を失わせるだけになるので、適宜褒めて自信を深めることが大事と思います。スイッチが入った子供は、指導者よりも厳しい目で「自分はまだまだ上手くない」と内省し始めます。この時、そうした子供の心の風景が見えていないと安易にミスを指摘したり褒めたりして子供の伸びる機会を奪ってしまいます。出来ることは認め、継続するその姿勢を褒め、更に良くするためにはどうすればいいかを考えさせる。それは自ずと自分のミスと向き合うこととなり子供の内面の成長を促す良い機会になるのです。
(9)人を尊敬する力を養う
社会の中で活躍し、充実した人生を送るには、人の心を理解し心を通い合わせる必要があります。子供の頃から他人の脳と同期する脳を育てることが重要です。
それには人を尊敬する心を幼い頃から育てることが肝要です。もし親が誰かを否定する言葉を吐くと、子供もその人を尊敬しなくなります。親や指導者は出来るだけ他人の良い所に目を向け「素敵だね」「カッコいいね」と褒める姿勢を貫いていると自然と子供にも人を尊敬する心が養われていきます。現に良い家庭環境に居る子供達は友達の頑張りを素直に認め「○○ちゃん、30数えるまで倒立出来たよ」と自分のことのように喜ぶのです。
「若木の下で笠を脱げ(=若木が将来どんな大木に育つのかわからないように、若者も将来どんなに偉くなるかわからないので、ばかにしないで敬意を表して接すべきだということ)」という諺もあります。まず大人が隣人や子供達の素敵な部分をリスペクト(敬意を払う)する姿勢を常日頃から持つようにすることが重要だと思います。
(10)類似問題で判断力を磨く
脳の前頭前野は、「判断・理解」という機能を担っています。脳に入った情報を整理し、類型化したり同一化・差別化したりします。
この差異を見分ける機能は、人間に高度な判断力をもたらすだけでなく、緻密な思考を可能にしています。
MSの活動で「この音(ド)とこの音(ソ)はどちらが高いかな?」「ここをマルカートで弾くのとレガートで弾くの、どちらが良いかな?」などと感じ考える体験を園児は毎日しますが、それは脳の前頭前野の活動を活発にする上で理に適ったことなのです。
「育脳の10ヶ条」を読んでいくと、幼稚園での活動のほとんどが最新の脳科学の見地から見ても理に適っていることが分かります。
幼児期迄に脳の大半が出来上がってしまいますから、この黄金期に将来の基礎となる部分をしっかり形成していかなくてはなりません。そう考えると私達幼児教育に関わる者の責任の大きさを改めて感じます。 〈参考・引用:日経DUAL〉