10月 園長コラム【挨拶はコミュニケーションの基本】
園の教育目標は「挨拶の出来る子・人の話を聞く子・心身ともに健康な子」(に育てる)です。
言葉で表すと一言ですが、実際これらの目標を達成することは簡単ではありません。今回は特に「挨拶の出来る子」に焦点を当てて考えてみたいと思います。
挨拶…これはコミュニケーションの第一歩。「私はあなたをきちんと認識しています。大切に思っています」のサインです。挨拶をしないということは、裏を返せば「あなたとは出来るだけ関わりたくありません」「あなたを一人の人間として尊重しません」というネガティブサインになってしまいます。最初の出会いでの第一印象を決定づける大切な所作として企業の研修でも重要視されています。
挨拶をする場面は様々。実際お会いしてのご挨拶もあれば、電話でのご挨拶もあります。特に電話だと相手の表情が見えないだけに難しいです。更に難しい点は挨拶をする主体の感情より受け手がどう感じるかのほうが重要であるという点です。
例えば、朝何か嫌なことがあってその気持ちを引きずったまま出勤。同僚やお客様に対して不機嫌なまま対応してしまうとどうでしょう。「何か気に障るようなことをしてしまっただろうか」「嫌な感じのお店だなぁ」と相手に気を遣わせてしまったり不愉快な感情にさせてしまったりします。企業や商店の場合(もちろん幼稚園もそうですが)、その一個人の対応でイメージが決定づけられてしまいます。お客様は最前線の営業・販売者でイメージを作っていくわけですから、働きの場に居る以上、個人の感情は二の次です。
大切な人を喪った翌日でも(心とは裏腹に)笑顔で明るく「おはようございます」「いつもありがとうございます」と挨拶が出来るのがプロフェッショナルでしょう。自分の都合よりも相手を大切に思い、喜んで頂きたいという方が優先されている状態です。「人間らしくない」と思われる方も居られるかもしれませんが、深い哀しみを奥底に秘め、表面的に明るく振る舞うのも人間特有の在り方だと思います。
シンプルだが奥の深い挨拶。大人になって身に付けようとしてもなかなか難しいように思います。型を素直に吸収する幼児期に身に付けさせたいスキル(技能)の一つです。
理由説明などいちいち必要ありません。「するのが当然。しないと失礼」と半ば強制的に求めていいのではないでしょうか。そして出来た時に「気持ちの良い挨拶が出来るね」「声がかっこいいね。言い終わってから腰をこうやって曲げられるともっとかっこいいよ」と常に良い点を子供に阿ることなく評価していると、習い性で出来るようになります。重要なのは周りの大人が気長に継続的に評価し続けることです。挨拶運動にありがちな三日坊主で身に付くものではありません。
「将来周りの人に愛される大人になってほしい。利他の心で他者と関われる人間になってほしい」と願い、最重要課題の一つと親や先生が考え、徹底させることが出来るかが肝要です。もちろん「あなたはやって!!私はやらないけれど」ではダメです。大人が自らやり、子供にも求める。この姿勢が必要だと思います。
幼稚園でも積極的に先生自身が挨拶し、子供にも求めるようにしています。ただ、幼稚園だけですと効果も薄いです。ご家庭でも朝は親子で「おはよう(ございます)」、近所の方にも「こんにちは」などとしっかり挨拶させたいものです。大きくなったらするだろうは幻想です。幼いうちに出来ない人は大きくなっても出来ません。
幼児期~学童期のうちに、家庭で、幼稚園や学校で「挨拶」というコミュニケーションスキルを身に付けるのは早過ぎることではありません。
社会人になって他者としっかり関わりを持ち、他者の気持ちを想像し自分を役立てようとする人間になるためにまず身に付ける必要のあるスキルだと思います。