みくにコラム2月号
《リスクマネージメントに必要な「気付き」を磨く手法についての考察》
近隣の幼稚園の公開保育へ参加したり、スキルを学ぶために東京の某幼稚園の学習会へ参加したり、毎回学びの多い園外研修であるが、この度の園外研修も実に有意義な研修だったと思う。それは尾道市の呼びかけで市内保育所・保育園・幼稚園対象に行われ、内容は某社の代表の方(以下A氏)による講演で「危機管理」に関わるものであった。
私なりに捉えた要点を幾つか挙げると……
?幼稚園教諭は子供の特性をメンタル・フィジカル両面に於いて理解した上で、日々接することが必要である。
?子供の命・安全は、当然ながら園の理念より重く日々保障されることが必要である。
?自分たちが置かれている園内環境に危機がないか、またその危機はいかにして軽減させることが出来るか、常にリスクマネージメントに意識を払うことが必要である。
?園内環境の「正常値」をきちんと把握しておくことが「異常」に気付くためにも必要である。
?不幸にも事故が起きてしまったら、自分の保身を考えるのではなく、被害者及び家族の身になって考えることが必要である。
ここの「必要である」は「当たり前である」という表現に置き換えられよう。痛ましい悲惨な事故を数多く扱ってきた氏にとって現場の甘い意識に対し、怒りとやるせなさを強く感じていることは想像に難くない。A氏の口から直接言われたわけではないが、「『子供が好き』とか『子供や保護者の役に立ちたい』と本当に思うのなら、美辞麗句を並べるのでなく、具体的に策を打ち、まず彼らの安全を保障しなさい。それが真の愛情というものだ」そして「漫然と教諭の趣味に付き合わせるのではなく、プロ意識を以て危機管理・危機対応はじめ幼児教育をしていくことが肝要である」と言われたように思う。
講演会では着眼点について具体例を挙げて説明して頂いた。拝聴しているうちにあるキーワードが頭に浮かんだ。それは「気付き」である。上記の5つの全てでこの「気付き」は欠かせない。
だが厄介なことにこの「気付き」はマニュアルを読み込んだところで鍛錬出来るものではない。その人自身の人格に深く関係するところであるからだ。例えば自分の机上の埃が無くなっていることに気付き、同僚が拭いてくれたことに考えを及ぼし“別な機会に今度は自分が同僚の為に何か役に立とう”と内心思うのと埃が無くなったことにさえ気付かない人、また次の人が駐車しやすいようスペースを考えて車を止める人と自分さえよければいいと横柄な止め方をする人。私には後者のような人が園児がケガをしてはならないとリスクマネージメントに意識を払う姿をどうしても思い浮かべることは出来ない。リスクマネージメントはイコール他者への配慮・情愛が具体化されたものであるからだ。
相手の立場に立ち、配慮を以て考える習慣があるから自分の仕事場でもその感性が発揮され、“菜園のプチトマトを幼い子供が喉に詰まらせるかもしれない。菜園に行く時はグループ分けをして目が届くように行動しよう”とか“玄関の砂で滑って子供がガラスに頭を突っ込むかもしれない。玄関はいつもきれいにしておこう”などと思い、行動出来るのである。
人格と感性のレベルが著しく低いと危機管理や仕事はおろか私生活を充実させることも難しいであろう。特に幼稚園の場合、命に関わるのでそのレベルの高低は危機レベルと正比例すると言っても過言では無かろう。そう言うと救われないように思われるが、「人格」「感性」は本人の努力次第で高めることが出来ると私は信じたい。
私が考えている具体的な方法の一部を述べると、
?日々の掃除を通して、仕事をさせて頂いていることに感謝しつつ、ちょっとした汚れ等の変化に敏感になる。清掃活動を通して「気付ける人間」になることを目指す。
?電話応対や客人のもてなしに不充分な点はなかったかを内省し、マナーブック等で正しい知識を知った上で行動し、相手の笑顔や満足を感じることで自分のやり甲斐・幸福感に繋げる。そのことにより自身の「人格」「感性]「品性」「謙虚さ」を整える。
?外食したりお店で買い物をする際、丁寧な応対を心掛ける。『来てお金を払ってやっているんだ』という意識ではなく、自分のために時間を割いて作って頂いたことと食材に感謝し、それから食す。スーパーやコンビニのレジでお釣りを受け取る際も「ありがとうございます」の一言を添えて受け取る。「ありがとう」と常に声に出すことで自身の澱を浄化すると共に周囲に感謝する習慣を身に付けることが出来る。
私自身充分出来ていると言うにはまだまだ程遠い。日によって出来ていたりいなかったりするのが実情だ。ところが「人格」「感性」を洗練させる特効薬が無い以上、前述のような日々の積み重ねを要する方法で何とかするしかない。
「人格」「感性」を磨き、情愛ある眼差しで様々なことに「気付ける」ようになってくるとリスクマネージメントの質も高まるに違いない。また副産物として仕事や私生活の充実ももたらされるように思う。危機管理マニュアルを只の文章の羅列ではなく、子供の安全を保障したい・しなければならないという熱い想いが込められた生きた手法としてリアルに捉えることも出来るはずである。
(私も含め)気付きが甘く情の薄い人間が何とか「当たり前」レベルに持っていこうとする場合、遠回りだが上記のような方法によるアプローチが現実的だと思う。
御調みくに幼稚園
代表 玉崎 勝乗